のらくら大作戦vol.2

ちびまる役者 戸田早奈美 の、だらだら生活大公開。
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今年最後にどうしても書いておきたいことがあるんだ。
紅白やらガキ使やらで盛り上がってる中で申し訳ない。
年末だし、もうすぐ年が明けるし。
ご報告いたします。
とだ、喪中のため年始のご挨拶を控えさせていただきます。

先日、母が亡くなりました。61歳になったばかりでした。
母は30年くらい患ってた病気があったので、
長くはないかもしれないと、小さいころから言われて育ちました。
だけど、そんなの関係ないよね。
やはり実際それは突然で、わけがわからなくて、信じられなくて、信じたくなくて、
あれは夢だったのかもしれないと、しばらくの間、朝、目が覚めるたびにそう思いました。


少し、思い出話をさせてください。
苦手な人は今回はスルーしてね。


私が物心つく頃には、母は足を引きずって歩いてた。
関節性リウマチという病気です。
…と、いってもピンとこないよね。
平たく言うと関節痛とか関節の変形がおきる病気です。

詳しく知りたいって方はみんなの味方ウィキペディアだ。
コチラをどーん。
http://ja.wikipedia.org/wiki/関節リウマチ

今でこそ技術や薬とかが追いついてきて、早期発見したらなんとかなるかもしれんと言われておりますが、
当時はね、そりゃもうどうともできないような感じで。
痛みを抑えたり、経過をみたり、その時に起こっている状況をこれ以上悪化させないようにする、といったような治療を続けるしかなかったのね。
いっぱいいっぱい手術もしたし、定期的に大きな病院にも遠征して通ってた。
ここ数年は1人で動くことができなくて、移動は車椅子、家でもとだ父がつきっきりで完全介護。
世間からは重度の障害者であるという認定がおりていたそうな。

文章にするとなにやらとても重い感じになりましたが、実際ほんっっとにおちゃめな両親で。
母の最近の夢は「ウチくる!?」にとだのサプライズゲストとして出演する事でした。
なんだよそのピンポイントな夢。悪かったよ、有名になれてなくて。
こんな感じで、いつもくっだらない事を言って茶化したり、
テレビでやってる気に入ったドラマやバラエティーとかのごっこ遊びをしたりと、明るく楽しい家庭でした。
…っていうのは普段の私をご存知の方はなんとなく想像つくかなぁ。つくといいなぁ。
私は幸せな家庭に育ったのです。

私は母と一緒に走った記憶もないし、泳いだ記憶もない。
手足の不自由な母が難しいことはだいたい父がやってくれた。
料理も、いつからか父の味にかわっていった。
それでも私がその生活を普通だと思っていたのは、
父と母がそれだけがんばっていたからだと思う。

小学校の卒業式の最後に、
「廊下に所狭しと並んだ在校生の拍手で見送られながら、母と子が教室から手をつないで校庭に出る」
というめちゃ卒業式っぽいイベントがあった。
学校側が考えた素敵な企画だったんだけどね。
当時の母は痛いのをこらえながら足を引きずって歩いていた状態で。
私の教室3階だったし、そんな状態の母の参加は無理でしょってイベントだった。
だからきっと私は一人で歩くのだろうと思ってた。それでいいとも思ってた。
でも、母は出来ないとはいわなかった。
みんなと同じように、私は母と拍手の中一緒に歩いた。
もちろん一番後ろで。ゆっくりゆっくり。
結局みんなとはずいぶん遅れて校庭に出た。

今思えばあの時も、相当無理してたんだろうなぁ。
そんな優しくて一生懸命な親だった。

「たら」「れば」を言い出したらきりがないし、
今更どうすることもできないのだから考えない。
…ってのはね、わかってるけど、理解してるだけですぐ実行するのは難しいよね。
なんで痛いの我慢させちゃったのかなーとか、もっと日常で助けてあげればよかったなーとか。
私が好き勝手生きてるせいで、親孝行だってちっともできてなくて、
してあげたいこと、一緒にやりたいこと、いっぱいいっぱいあったのに、
行動にうつすのが遅すぎて、本当に自分が嫌になった。
言いたいことだってあったのに、言えないままになっちゃった。
私のあほんだら。

普段はさ、照れて言えないことでも、女子には胸張っていえるチャンスがあるじゃない。
そのスペシャルチャンスの名は「結婚式の花嫁の手紙」。
先日友人の結婚式でも見てきたよ。そして泣いたよ。笑
だからさ、いつかさ、私もその機会が来たらそこで全部言おうと思ってたの。
「ツライ時でも冗談言って、いつでも笑ってるおちゃめな母が大好きです。
病気のせいでしてあげられないことが多くて可哀想と、影で自分より私を気遣ってくれる優しい母が大好きです。
弱音をはかずに病気に立ち向かう母と、それを支える父を心から尊敬しています。
私を娘に産んでくれてありがとう。」
全然まとまってないけどそんな感じのことをだよ、言おうって思ってたんだよ。
だがしかし。
ごめんね!!!三十路だというのにいえるチャンスの予定が全然なくて!!
もうほんと、すまんとしか言いようがない。
照れてないでちゃんと普段から言えてたらよかったんだな。
私のあほんだら。

と、多くの人の目に止まる場所なのもかかわらず
ここまで暗い話を書いてしまいましたが。
母が亡くなってもね、それが私にとって青天の霹靂でもね、
当然ながら世界は通常運転なんだよね。
なんか切ないなーとも思うけど、
そうでもなきゃきっと立ち止まったまま戻って来れないよね。
世の中そうできてるんだろうなぁ。なんて思ってみたりもした。
だから私も通常運転に戻ってきてるよ。
今までどおり、元気に楽しく過ごしております。
そりゃあ思い出して寂しくなったり悲しくなったりもするけれど、
大好きな人がいなくなったのだから、あたりまえだよなーと思うのです。
だから、ご心配なく。
この件に関して、特にコメントとかなくて大丈夫です。
ただの自己満足なのです。
私のこの消化不良な想いを、どこかで吐き出したかっただけなのです。
この記事が、
わたしの、そしてみんなの日常に埋もれていったら、
消化できたことになるかもなぁって思うのです。

最後に。
ここまで読んでくれてありがとう。
私と家族のほんの1ページだけど、知ってもらえてよかったです。
本当に、ありがとうございました。
(_ _) ペコリ | 23:21 | comments(0) | -
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